しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

小津安二郎のほうへ―モダニズム映画史論


ここ最近のおもな関心事項のひとつに、和洋問わず1920年代〜30年代の文化があるのだけれど、小津映画をちゃんと観始めてからまだまだ日が浅いので、初期の小津作品、とりわけモダニズム文化華やかりし頃に作られた映画をまだほとんど観ていない。とりわけ、岡田茉莉子のお父さんの出ていた映画『お嬢さん』(1930)が観たいのだけれど、これは今観られないのかなあ。DVD-Boxにも収録されていないみたいだし。

朝日文庫小津安二郎 東京グルメ案内』*1の表紙のセピア色の写真には、アイスクリームを食べる若き日の小津が写っており、モダンボーイとしての小津、モダニズム文化における小津がどんな風だったのかを知りたくて、みすずから出ている田中眞澄『小津安二郎のほうへ モダニズム映画史論』を読んでみたら、何と小津は谷譲次を読んでいた!と知ってにやにやと嬉しい。アメリカ仕込みのスラングと日本語をごちゃ混ぜにして、見事なルビを振り、時代の風俗と息づかいを軽快な筆で描いて、文字通り時代を駆け抜けるかのようにわずか35歳で夭折してしまった谷譲次=ジヨウヂ・テネイのその斬新さとセンスの良さ、ウィットとユーモアは今読んでみてもまったく古びていないどころか、ますます綺羅星のような輝きを増しているように思う。何という自由な日本語!日本語がぽんぽんと飛び跳ねている。谷譲次のセンスと比べてしまうと、ほぼ同じ時代に活躍した新興芸術派の面々、龍胆寺雄吉行エイスケもどこか霞んでしまう気がする。それくらい彼は一人で傑出していると思う。そうか、小津も読んでいたんだなあ。でも考えてみると、谷譲次は1900年生まれ、小津は1903年生まれだからほとんど二人は同世代なんだな。何ということでもないけれど、なんだかそのことがふつふつと嬉しい。

この本を読んでいてもうひとつ嬉しい発見だったのは、フィルムセンターで観て大好きになった成瀬巳喜男の『噂の娘』(1935)には小津が住んでいた当時の深川の風景が映っているということ。小津家の裏側を流れていた油堀川には丸太橋という橋が架かっていて、そこで成瀬がロケをやっていたということが小津の日記に記されているのだそう。着物姿の千葉早智子が橋を渡っていたその背景にはもしかしたら小津家も映っていたのかもしれない、と思うとこちらもにやにやと嬉しくなる。