しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

そのフィルムセンターでの溝口特集に通っていたり、小津を立て続けに見直していたりする関係で(?)なのかしれないけれど、最近観た6本の映画のうちじつに4本もの作品に沢村貞子が出ていたのにはびっくりした。観たのは『西鶴一代女』『赤線地帯』『お早よう』『秋日和』。個人的にコメディの佳品『お早よう』はかなり好きな作品で、それというのも、島津雅彦演じるぼっちゃん刈に下膨れの勇ちゃんが愛らしくて可愛らしくて大好きだからなのだけれど、いろいろ検索をしていたら内田樹の、ちょいと強弁すぎやしないか?とは思うものの、かなり面白い『お早よう』考が出てきたので引用。

『お早よう』を見るのは、10回目くらいであるが、毎回新たな発見がある。今回発見したのは二点。ひとつは節子が子どもたちを探して平一郎のアパートに行くとき、玄関先で立ち話をする節子(久我美子)のコートと、背中だけ見える加代子(沢村貞子)のスカートが「同じ柄」だということ。そればかりか、平一郎を含めて三人とも「緑色の服」を着ている。これはおそらくこの三人が遠からず親族関係で結ばれることを図像的に暗示している。
もうひとつは、この映画の「裏主人公」が次男の勇ちゃん(島津雅彦)だということ。この子役のあまりに愛くるしい顔かたちに騙されてしまうけれど、勇は「最悪の人間」なのである。彼は長男実(設楽幸嗣)の欲望を模倣するだけの鏡像的存在であり、それゆえ想像界の住人に固有の暴力性と反秩序性を色濃く刻印されている。勇は左右のフックを繰り出す威嚇的な身振りを全編で繰り返し、映画のラストでは観客に向かって二丁拳銃を抜いて撃ってみせる。ガス橋のかたわらでは立ち小便をし、その手を洗わぬままにご飯を手づかみで食べ、薬罐の水を手のひらでうけて飲む(実はやかんの蓋をお茶碗代わりにして、ご飯もいちおう「おにぎり」型にしてから口にする)。そして、繰り返し彼が口にする「アイラブユー」のリフレイン。模倣、暴力、エロス。そのすべての点で勇こそは「秩序にまつろわぬもの」すなわち「童子」の原型であり、この反秩序のかたまりのような幼児を馴致し、開明してゆくことの絶望的な困難さがエディプスの重い課題として暗に提示されてもいたのである。

久我美子沢村貞子の洋服の柄までは観ていなかったなあ。我が偏愛する勇ちゃんは「最悪の人間」などどいう、もの凄い言われようだけど、これはこれでたいへんおもしろいと思います。