しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

murmur

北村初雄から吉田一穂へ、吉田一穂から三富朽葉へ この二月は東京も凍てつくような寒い日が続いたので、吉田一穂を読むにはうってつけといった感覚があった。「知性の力で極限まで表現を研ぎ澄ました〈極北の詩〉を理想とする〈孤高の詩人〉」(岩波文庫『吉…

北村初雄と「海港」派のこと 扉野良人さんが中務秀子さん主宰のリトルマガジン『DECO・CHAT』のコラムに書いていたのを読んで、大正時代の横浜に「海港」派と呼ばれた詩人たちがいたことを知った。外交官だった柳澤健、山名文夫と親しかった熊田精華、そして…

年が明けてもう十日も経つけれど、わたし(たち)はまだ心のどこかで、昨年11月の対談「小沢書店をめぐって」の余韻に浸っているようだ。トークのなかで長谷川郁夫さんがちらと言及されていた「叢書エパーヴ」や「エディシオン・エパーヴ」のことが引っ掛か…

この一年 それにしても、何という年になったのだろう。 二月の終わりに、母方の祖父が亡くなった。生粋のハマっ子で、威勢の良いべらんめえ口調は、子どもごころにも「おじいちゃん、かっこいいなあ」とわくわくするものとして届いていた。いつもこざっぱり…

千葉市立美術館(http://www.ccma-net.jp/index.html)で13日まで開催中の《酒井抱一と江戸琳派の全貌》を観に行く。 琳派といってすぐさま色めき立つような日本美術愛好家でもないし、神坂雪佳が好きなくらいでまったく詳しくはないのだけれど、酒井抱一の…

「小沢書店をめぐって」のことなど この初夏、文学好きのあいだで話題となった、流水書房青山店でのブックフェア「小沢書店の影を求めて」。わたしも噂を聞きつけていそいそと二度も見に行き*1、瀟洒な目録を含めその徹底した仕事ぶりに大いに驚嘆して帰って…

紀伊國屋書店の冊子『Scripta』誌上で平出隆さんの新連載「私のティーアガルテン行」がはじまった。 「ベルリンの幼年時代」にはふしぎなことに、双子の片割れのようなテクストとして、「ベルリン年代記」というものがある。同じくみずからの幼少期を回顧す…

欧州旅行記 その3 9月26日、晴れ。美味しいけれど少し塩辛いハムとチーズを挟んだバンズにコーヒーという簡単な朝食を摂り、さっそく街へ出掛ける。トラム2番に乗り、通勤自転車の列がものすごいスピードで縦横無尽に往来をゆくのを驚きの交じった思いで眺め…

欧州旅行記 その2 9月25日、アムステルダム二日目。今日は日曜日で、武田百合子さんとフォークナーとマーク・ロスコとロベール・ブレッソンと家人の誕生日である。日没が遅いからか夜明けも遅い。薄明の時間がずいぶんと長いような気がする。運河から湿り気…

欧州旅行記 その1 9月24日夕刻、アムステルダムに到着。スキポール空港(「船の地獄」という意味をもつのだそう)から中央駅へ黄色い電車に乗る。二等車のドアを開けると、がらんとした車両のコンパートメントの壁に大きく落書きがしてあるのを見て、ああ、…

24日から東京を離れてしまうので、港の人主催の「かまくらブックフェスタ」に行けないのがほんとうに残念!

闇のなかの微光:北村太郎つれづれ 北村太郎の好きだったドリス・デイの"Sentimental Journey"、わたしの好きなヴァージョンはHarpers Bizarreが唄った1968年録音のもの(訳は適当です)。 Gonna take a sentimental journey Gonna set my mind at ease Gonn…

ドナルド・エヴァンズを探しに 来月下旬にアムステルダムに行けることになったので、平出隆『葉書でドナルド・エヴァンズに』*1(作品社、2001年)と"Stamps from the World of Donald Evans"(雅陶堂ギャラリー、1984年)とWilly Eisenhart "The World of D…

流水書房青山店にて「小沢書店の影を求めて」の棚を見る 小沢書店の本はないけれど、小沢書店の世界があるっていったいどんなだろう?と、読書好きの方たちのあいだで話題になっているので気になっていた。 うちの本棚にはぽつぽつとしか小沢書店の本は並ん…

3.11から三ヶ月が過ぎた。もう三ヶ月経ったのかという思いと、まだ三ヶ月しか経っていないのかという思いが交錯している。ここでは、つらいこと嫌なことについては書かないと約束としていたし、愉しみとして読んで下さっている方々にはとても申し訳ないこと…

書かないこと、沈黙することを選び採るという強さを尾崎翠から学んでいた筈だのに、わたしは独りでおろおろしあたふたし、にわか知識で要らぬことばかりをぴいちく囀っていて大へんよろしくない。自重せよ。

たいへんなことになっている、と書いてゆくそばから、文字がさらさらと細かい砂粒となって形をとどめないような心地がしている。ここちあし。もう揺れてもいないのにずっと揺れているような船酔いのような気分で、電話の警告音のたびに心臓を掴まれ、ふとす…

庭師コーネルの魔法の手:『ジョゼフ・コーネル 箱の中のユートピア』 ジョゼフ・コーネルの創造する箱という名の小さなうつわに漠然と惹かれつづけてきた。幻想の標本函、夢の記憶装置。瞬間を封じ込めた永遠に在り続ける宇宙――。 デボラ・ソロモン著/林寿…

『マダム・ブランシュ』つれづれ:酒井正平と「小さな時間」 あまりに日があいてしまったので日記の書き方を忘れてしまった.....!いやはや。 メモしておきたいと思っていてまだ書いていなかったこと。図書館にて朝も早よから『MADAME BLANCHE』(マダム・ブ…

続・橋本平八とその時代――表現主義をめぐって 『MADAME BLANCHE』の全17号が収録されるというので楽しみに待っていた『コレクション・都市モダニズム詩誌 第13巻 アルクイユクラブの構想』*1をいそいそと図書館で閲覧してきた。いちばんのお目当ては橋本平八…

頌春お正月休みも今日で終わり。ほんとうは、お休み中に課題図書(おお!)であるところの、土肥美夫『ドイツ表現主義の芸術』(岩波書店、1991年)を読み進めて、腕まくりしながら橋本平八の二十年代研究に取り組みたいと思っていたのだけれども、半分瞼が…

2010年も暮れてゆきます今年はいつもより一日早い仕事納めであった。27日の寒い晩、荻窪のカフェ6次元であった稲垣足穂イヴェント*1に駆けつけて、その余韻とともに、うちにある数少ない足穂関係の本であるところの高橋信行編『足穂拾遺物語』(青土社、2008…

素朴な月夜:左川ちかと古賀春江 ある日、小野夕馥さんの森開社から『左川ちか全詩集』新版が届いた。初収録の作品なども多数含む待ちに待った増補改訂版である。ほとんど黒に近いマットな濃紺の紙でくるまれた装幀はとてもシックで、"夜の詩人"左川ちかにぴ…

ふたたび、橋本平八とその時代 『純粋彫刻論』で取り上げられていた画家や彫刻家と橋本平八の関係を調べるには、日本における表現主義の受容を見ておかねばならぬと思い、当時の資料など(日高昭二・五十殿利治監『海外新興芸術論叢書』(ゆまに書房、2005年…

橋本平八とその時代――表現主義をめぐって ある日、仕事で書誌を確認するために眺めていた画集"Avant-gardes du XXe siècle arts et littérature 1905-1930"(Flammarion, 2010)に掲載されている、とある図版に目が釘付けになった。 目を凝らしてクレジットを…

モダニスト橋本平八:Hashimoto Heihachi, the modernist 橋本平八の代表作の一つに《裸形少年像》(1927年)という作品がある。今回の世田谷美術館の展示では、この像は最初の扇部屋に配置されており、ぐるりと360度観ることができる。後ろにまわると背中心…

昨日はとある方のご好意により、世田谷美術館(http://www.setagayaartmuseum.or.jp/index.html) にて開催中の【異色の芸術家兄弟――橋本平八と北園克衛展】オープニング・レセプションに参加させていただく。ありがたきことなり。遅れて会場入りしたので、講…

余分の豊かさが溢れている書物:関口良雄『昔日の客』 関口良雄『昔日の客』*1が夏葉社(http://natsuhasha.com/)から復刊された。 これは一部の古本愛好家のあいだで「幻の名著」とされていた古本エッセイで、わたしは去年、出来ごころで参加した「西荻ブッ…

橋本平八から折口信夫へ、ボン書店経由で北園克衛へ いつもの東京ではなく、生誕地である三重で【異色の芸術家兄弟――橋本平八と北園克衛展】(三重県立美術館)を観たことで、いきおい郷里の風土のようなものが、兄弟の芸術にどのような影響を与えているのか…

青木繁《海の幸》、伊良子清白、モーリス・ドニ《セザンヌ礼賛》 青木繁《海の幸》をはじめて間近に観たのは、確か神奈川県立近代美術館の企画展だったような記憶があるけれど、それがいつのことだったかはもう思い出せない。とにかく「凄い絵だなあ」と思っ…