しっぷ・あほうい!

或る日のライブラリアンが綴るあれやこれや

murmur

河野道代『思惟とあらわれ』を読む

河野道代のあたらしい詩集『思惟とあらわれ』(panta rhei、2022年)を読んだ。「無意味」という、つよい言葉で終わる詩集である。 これまでも「わたしの無意味」(「消失点へ向かわない線」/『花・蒸気・隔たり』)や、「なみはずれた無意味」(「珠と替え…

『EUREKA/ユリイカ』ふたたび

ことし桜が満開の頃にこの世を去った、青山真治の『ユリイカ』をテアトル新宿で観た。 ロートレアモンを読む中学生、取り調べ室に置かれたエビアン。 この映画をはじめて観た時は、こちらが若かったこともあり、こういった細部がどうも鼻についてしまって、…

蓮實重彦「伯爵夫人」おぼえがき

『新潮』2016年4月号掲載の蓮實重彦『伯爵夫人』を読んで、そのあられもない小説に唖然とする。エッジの効いた鋭い言葉の数々に舌を巻いてきた者としては、「老いてますますさかん」という言葉がぴったりな精気漲るこの小説を読んで、マノエル・ド・オリヴェ…

お知らせ3つ

黄金週間のあいだに参加した冊子が刊行されたのでそのお知らせです。まずは、真治彩さん編集の『ぽかん』05号で附録の「ぼくの百」を担当しました。大切な本を100冊選んでよい、という読書する人間にとっては夢のような企画。拙い文を林哲夫さんの大へん素敵…

花見散歩

日曜日、東京のソメイヨシノが満開との報。15時頃から雨が降るともいうので、午前中のうちにいそいそと支度して散歩に出掛ける。東京女子大学の構内に、花桃と思しき白い花が枝にみっしりとつらなって咲いている。満開の八重咲きの白。遠目だと少しさみしい…

札幌のテンポラリースペースというギャラリーで、12月9日から開催される吉増剛造展のタイトルが「水機ヲル日、...」となっているのに気づく。それで、7月末に早稲田で見せていただいた大判の原稿の束のことを「水をくぐって染められた糸で織られた「機織りも…

白倉敬彦さん

白倉敬彦さんが亡くなられたとのこと。先月、ブログに「白倉敬彦 逝去」で検索してきた人がいて、おかしいな、と思っていたのだけれど、Wikipediaにも何も書かれていなかったので、きっと誤報だろうと思っていた。ひと月も前に亡くなられていたのだ。笠間書…

『本の雑誌』はいつも近所の図書館か勤務先の図書館で立ち読みするくらいで買ったことはなかったのだけれど、今回の特集が「リトル・マガジンの秋!」というので、はじめて買って読む。最初のほうのページに掲載されている内堀弘さんの「リトルプレス・紀伊…

9/14,15に開催された、かまくらブックフェスタ(http://d.hatena.ne.jp/kamakura_bf/)に二日間とも参加した。いつもは平出隆さんのトークがある日のみ行くのだけれど、今年は大阪からはるばるやってきた、ぽかん編集室+編集工房ノアの机で売り子の手伝いを…

二ヶ月以上も放っておいてしまった。書かないと何があったか思い出せないけれど、書いていないということは、特にぱっとしたことはなかったということか。今年は読書メモをほとんど書いていないことに気付いて焦る。もう半年終ってしまったというのに。再読…

今日は学校はお休み、窓の外は雨模様。雨の滴りと冷蔵庫の唸る音しか聴こえない室内です。更新がほとんど途絶えており、ここを見てくださっている方も稀かとは思うのですが、海に小石を投げるようにしてこっそり書いてみます。昨年のことになりますが、TOKYO…

蜘蛛の巣

井口奈己『ニシノユキヒコの恋と冒険』はほんとうに素晴らしすぎて、久しぶりに新作映画を観て昂奮する。あまりによかったのでトークイベントにまでいそいそと参加して、井口監督に直接「ほんっとに素晴らしかったです!」と伝えられたのが嬉しかった。おお…

高祖保随筆集『庭柯のうぐひす』

金沢のすてきな書肆・龜鳴屋さんより、春の訪れとともに高祖保随筆集『庭柯のうぐひす』が届く。まずは、いつもながら丁寧で好ましい造本に感激。緑色の函に入れられ、手にしっくりなじむ小ぶりの丸背本は、本文も緑色で印刷されている。見返しには瀟洒な邸…

12月最初の日曜日、足利市立美術館(http://www.watv.ne.jp/~ashi-bi/2013-takiguchi-jikai.html)にて《詩人と美術―瀧口修造のシュルレアリスム》展を観た。お目当ては、吉増剛造さんの講演会「瀧口修造 旅する眼差し」である。 特急りょうもう号に乗り込ん…

T先生のこと 平塚市美術館へ《藤山貴司》展を観に行く。 藤山先生は、と書いてみて、わたしはかつて一度も「藤山先生」などと呼んだことはなかったのだから、貴司先生、と書く方がしっくりくる。貴司先生は、子どもの頃に通っていたアートフォーラムの先生だ…

金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ』(新潮社、2012年)*1読了。金井美恵子は新刊が出るとすぐさま買いもとめる僅かな作家のひとりだったのに、ここ数年はすこし興味の方向が小説からずれてしまったこともあり、今まで読ま…

近代ナリコ『女子と作文』(本の雑誌社)*1を読む。 この本で採りあげられた書き手はほとんどが女性であり、男性であれば「女性が書く」ことをモティーフにしたものを扱っている。『トマトジュース』シリーズの大橋歩、尾崎翠も投稿していた『女子文壇』で筆…

週末、大型書店に鳥影社から刊行中のヴァルザーの新刊『ローベルト・ヴァルザー作品集3』*1を買いに行ったのだが、あいにく品切であった。たぶん発売日を待ってすぐにもとめた人がいたのだ。わたしはちょっと出遅れた。今は、ゼーバルトを読んでいるので、じ…

chiclin アトリエショップのこと親しい友人のmitsouこと奥村麻利子さん・健男さん夫妻が、今月11日に東急大井町線の尾山台でアトリエショップをオープンしました。大きく窓を採った明るい白い部屋で、気持ちのよいところです。床は確か薄いグレイだったと記…

生島遼一『春夏秋冬』所収の「弟の玉子焼」というエッセイは、しみじみよい書きものであるが、そのなかに期せずして中村正常の名前がちらと出てきたので、久しぶりに尾崎翠のこと(id:el-sur:20090625)を思い出した。あの珠玉の文章作品を書いた翠が『詩神…

生島遼一『春夏秋冬』(講談社文芸文庫)*1 黄金週間のあいだに一度、他の本と一緒に読んでいたのだが、その時はあまりにもさらっと読んでしまったので、なんとなく再読したくなって、また読み返している。山田稔さんのいつもの抑制された、けれども、ふかい…

もともとの好みとして、寒色系の色をたえず頭のなかに抱えているというのがあるにせよ、この冬はながく寒いままいつまでもつづくように思え、北の冬のイメジが結晶化されたような美しさをたたえた言葉に見とれることが多かった。昨年の真冬のあいだは、極北…

黒田夏子『abさんご』*1を読む 物語を要約したらわずか数行で終わってしまうだろうこの小説は、読みおえたそばから、ふたたび最初の頁に戻って読みはじめたいと思ってしまう不思議な魅力にあふれている。うっとりと感嘆のため息を吐きながら、もう五度ほど再…

《東京 ローズ・セラヴィ―瀧口修造とマルセル・デュシャン》展 先週の土曜日、慶応義塾大学アート・スペースへ《東京 ローズ・セラヴィ―瀧口修造とマルセル・デュシャン》展を見に行く。小さな展示であったが、ゆっくりじっくり眺めてずいぶんと長居した。手…

アオイ書房『新詩論』を閲覧する オレンジ色のかぼちゃを模した飾り付けに彩られた住宅地のあいだを通ってゆく。なぜかわたしが駒場の近代文学館に行くのは決まって10月のこの時期なのだなあ、と今年もそんな家々を眺めやりながら思う。わたしはハロウィンと…

詩集を遺さなかった詩人・増田篤夫のこと 「透明な世界に於ては、凡てが秩序である。秩序は自由である」(三富朽葉) 青木重雄『青春と冒険 神戸の生んだモダニストたち』(中外書房、1959年)は、モダン都市・神戸のもっともよき時代を小松清・竹中郁・稲垣…

清岡さんのこと 『アイデア』No.354を何度も眺めていたら、K氏のことを思いだした。そうしたら、何となく原口統三のことを思いだしたので、ふと思い立って、読みさしのままになっていた、清岡卓行『海の瞳 原口統三を求めて』(文藝春秋、1971年)を読んでみ…

『IDEA』No.354: 日本オルタナ出版史 1923-1945 ほんとうに美しい本(http://www.idea-mag.com/jp/publication/354.php)を感嘆のため息とともにうっとり眺めていたら、ふつふつと昔の書物にたいするおもいが膨らんできた。いつか閲覧したいな、と思って記録…

ホセ・ルイス・ゲリン『影の列車』を観る イメージフォーラムにて開催中の「ホセ・ルイス・ゲリン映画祭」より、『影の列車』(1997年)を観た。1930年11月8日の薄明の時刻、 ル・テュイ湖畔で一人のアマチュア映画愛好家が消息を絶つ。あとには、彼の行方不…

多田智満子を読む ふと気になって手に取った多田智満子の詩があんまり素敵なので驚いている。「多田智満子」の名前は、マルグリット・ユルスナールの翻訳者としては届いていたけれど、詩篇はほとんど読んだことがなかった。おお、わたしはいつも遅すぎる。 …